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岡山地方裁判所津山支部 昭和43年(ワ)91号 判決 1969年2月13日

原告 岸本実

右訴訟代理人弁護士 光延豊

被告 岸本清助

右訴訟代理人弁護士 石川荘四郎

主文

被告は原告に対し別紙第一目録記載土地上に埋葬建立してある同第二目録記載の墳墓、墓碑を収去してその敷地を明渡せ。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を被告の負担としその余を原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告

主文第一項同旨並びに被告は原告に対し金一〇万円および昭和四三年六月一四日から右第一項の明渡ずみまで一日金一五〇円の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに金員の支払を求める部分につき仮執行宣言。

二、被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二、原告の請求原因並びに被告の抗弁に対する再抗弁。

一、別紙第一目録記載の土地(以下本件土地という)は原告の所有である。

二、被告は右土地上に別紙第二目録記載の墳墓および墓碑(以下本件墳墓等という)を所有し、無権原でその敷地部分を占拠している。

三、被告の右不法占拠は原告を愚弄する行為でありこれによって原告の受ける精神的苦痛は大であり、右苦痛を金銭で慰藉するとすれば金一〇万円が相当である。

四、また、被告の右不法占拠により原告は一日当り金一五〇円の賃料相当の損害を受けている。

五、仮に被告に何らかの使用権があるとしても原告が被告に対し本件墳墓等の収去明渡要求をしたのに対し、被告は昭和四三年一月一四日付郵便により収去して明渡す旨の意思表示をしたのであるから右意思表示により被告の使用権は同日限り消滅した。

六、よって被告に対し本件墳墓等を収去して同敷地部分の明渡と慰藉料金一〇万円および本件訴状送達の翌日の昭和四三年六月一四日から右明渡ずみまで一日金一五〇円の割合による使用料相当の損害金の支払を求める。

第三、被告の答弁および抗弁

一、請求原因第一項の事実全部、同第二項中被告が本件土地上に本件墳墓等を所有してその敷地部分を使用していること、同第五項中被告が原告主張のような意思表示をしたことはいずれも認めるが、その余の各項事実は否認する。

二、被告は祭祀主宰者として本件墳墓等の所有権を承継取得したものであるところ、これを埋葬建立した被告の祖先らがそれぞれ本件土地の当時所有者である原告の祖先らからその無償使用について承諾を得ていたものであり、被告も右使用権を承継したものである。

三、被告が原告に対してした前記の意思表示は錯誤により無効である。すなわち被告は前記使用権がないものと解し収去明渡す旨意思表示をしたのであるが後になって右使用権のあることが判明した。従って被告の右意思表示はその重要な部分に錯誤があり無効である。

第四、証拠関係≪省略≫

理由

一、本件土地が原告の所有に属するものであること、被告が右土地上に設置された本件墳墓等の所有者であって右墳墓等の所有を目的としその敷地部分を墓地として使用しているものであることはいずれも当事者間に争がない。

二、そこで被告の右墓地使用における権原の有無について検討する。

(一)  まず、≪証拠省略≫を総合すると次の事実が認められる。すなわち

1、原告の祖先は代々本件土地附近に居住して所謂同族結合集団の中心的地位にあったものであり、被告の祖先と同族関係にあったものであること。

2、本件土地は明治以前相当旧い時代から原告ら同族の墓地として利用されて来たものであるところ、民法施行後の明治四〇年二月二八日以降は原告の姉に当る訴外亡岸本まつよの所有に属するものとなり、その後昭和三〇年一月八日原告において贈与によりその所有権を取得するに至ったものであること。

3、本件墳墓等のうち、番号2、3の墳墓は明治以前から本件土地上に埋葬もしくは埋蔵(以下埋葬という)され、同1の墳墓は明治一八年頃本件土地上に埋葬されたものであるが、被告の母に当る訴外亡岸本つるよが大正七年頃右各墳墓上にそれぞれ墓碑を建立したものであること。

4、右岸本つるよ死亡後被告が祭祀主宰者として本件墳墓等の所有権を承継取得し、これの所有を目的としてその敷地部分を墓地として無償使用しているものであること。

の各事実を認めることができ(る。)≪証拠判断省略≫

右認定の事実を総合して考察すれば、本件墳墓等の本件土地上における使用関係は各墳墓埋葬当時、それぞれ埋葬者が同族の中心者であった原告の祖先らより明示もしくは黙示的に本件土地を墳墓および墓碑の所有を目的とした墓地として無断使用することの承諾を得ていたものと推認することができる。そうだとすればそれらの者は本件土地につき墓地として使用することを内容とする何らかの権利を取得したものといわざるを得ない。

(二)  そこで右の権利(仮に墓地使用権と称する)の性質について考察するに、右の墓地使用権が一種の私法上の契約から発生するものであると解されるもこれを規律する具体的な私法規定は存在せず、その内容は依然として慣習法によって規律されているものであることは否定することができない。

すなわち前記のような墳墓および墓碑を所有するため特定の土地を墓地として使用する権利が民法施行前から慣習法上認められそれがそのまま民法施行後も民法施行法第三七条に定める登記を経ることなく同一内容をもって依然社会の慣行上認められて来ているものであることは公知の事実であるうえ、明治以後の法制上その設置については行政官庁の許可を要するものとされていることおよび墳墓および墓碑の所有権が旧民法においては家督相続人、新民法においては祭祀主宰者に承継され永久的に崇拝の対象として継続されるものであることを考慮すれば社会通念上右の権利は制限的固定的なものと解するのが相当であるから、このような土地の使用関係は物権に類似した権利であると理解せざるを得ない。

またこのように解しても前記の土地利用は一旦その利用が開始されるや制限的、固定的、永久的なものとなり、かつ、このことが墓碑等特殊な標示物によって一般に公示され得るものであるから民法第一七五条に明定する物権法定主義の存在根拠と抵触するものではないと解せられる。

(三)  そうだとすれば、家督相続もしくは祭祀承継により墳墓等の所有権を承継したものはこれが所有を目的とした墓地使用権をも承継するものと推認すべきであり、従って本件においても被告は本件土地に対する墓地使用権を承継したものと考えざるを得ない。

三、そこで進んで原告の再抗弁について検討するに、被告が原告からの要請に応え、昭和四三年一月一四日付郵便により本件墳墓等を収去してその敷地部分を明渡す旨の意思表示をなしたものであることは当事者間に争いのないところである。

これに対し被告は右意思表示は錯誤に基くもので無効である旨抗争するものであるが被告本人の尋問結果によれば被告は既に他に墓地を設定すべく準備中であることが認められ、右事実に前認定事実を総合すれば、被告の前記意思表示は同人の有する墓地使用権を放棄する趣旨と解するのが相当であってその意思と表示との間には何ら齟齬するところのもののないことが明らかである。

従って被告の墓地使用権は前記意思表示により消滅したものといわなければならない。

四、次に原告の有形的無形的損害の賠償請求について検討するに被告の適法な墓地使用権原は既に前項説示のとおり消滅し、以後その使用について何らの権原を有しないものであるが、既に認定したとおり被告の墓地使用関係は従来から無償であったものであるところ、これに引き続く被告の不法占拠により原告の受くべき有形無形の損害については本件に顕われた全証拠をもってしてもその額を確定することができない。

五、以上の次第により原告の本訴請求中、被告に対し本件墳墓等を収去してその敷地部分の明渡を求める部分は理由があるからこれを認容し、その余は失当としてこれを棄却し訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 山田敬二郎)

<以下省略>

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